EPISODES それぞれの「これから」

鋳物との再会に動かされた心

「一番大切な事は妥協しない」選択

吉田幸男さん

(50代)/活動期間:6か月

  • A社(半導体製造:品質管理、工場営)
  • (株)会津工場(鋳物製造:品質保証)

大好きだった鋳物。そして半導体との親和性の気づき

大好きだった鋳物。そして半導体との親和性の気づき

大学で金属材料、特に「鋳物」について学び、そのまま研究室の推薦で大手建機メーカーに就職。当時、鉄鋼関連は花形産業で、「かっこいい男の仕事」として憧れていました。ところが、入社してみてわかったのは、鉄鋼産業が既に「完成された世界」であり、自分の創意工夫を活かす余地などない、という現実でした。(もっと自由に面白い仕事がしたい)。そんな気持ちをもって、小規模の鋳造会社に転職。そこで「鋳物」の魅力を再発見しました。

新たに技術を身に着け、充実した毎日を送っていましたが、数年後、鋳造業界全体を不況の波が遅い、同僚たちは次々と転職していきました。その頃、ちょうど結婚を考えていた私は、自問自答の日々。
(仕事が楽しいだけでいいのか? 家族を養わなくていいのか?)
仕事に対する価値観に「守り」の気持ちが芽生えはじめたそんな時、「外資系半導体企業」に転職した同僚の話を耳にしたのです。

半導体は、まさに時代の最先端。最初は、鋳物と半導体に共通項を見出せずにいましたが、金属の特性を見極めること、また結晶コントロールが品質コントロールにつながるといった共通点があることに気づき、(ひょっとしたら鋳物の知識と経験が活かせるかも)と、半導体業界への転職を決めたのです。

初めての転職活動〜半導体業界へ〜

初めての転職活動

入社したのは大手メーカーB社。その後、希望が叶い福島工場へ異動。(PCの心臓部は私が作る!福島から世界へ勝負を挑む!)と、故郷で時代の最先端事業に携わることに、喜び勇んでいました。

半導体の世界では、成功すれば利益は膨大ですが、一瞬で何十億の損失を出すこともあります。鋳造の世界とは全く異なる緊張感と面白さに魅了されました。家族のために安定を求めたはずでしたが、仕事ばかりしていましたね。その後、他の企業と合弁会社を立ち上げる話が持ち上がり、率先してA社の立ち上げに携わりました。
A社時代には、在籍期間中に4つの工場を立ち上げました。
工場新設時は、製造過程全てに関与することができました。この経験を通して「ものづくりの工程」全てが身についたように思います。

しかし、この充実した日々も、リーマンショックをきっかけにがらりと景色が変わってしまいました。半導体を中心とした製造業界全体が不況に陥り、大手企業の人員削減のニュースが、連日新聞やテレビで流れ始めました。残念ながら、A社も同様の状況に陥りました。

私は、以前から再就職支援会社の存在は知っており、一人で転職活動をする孤独感や効率の悪さも認識していたので、知り合いの組合幹部に対し「もし、人員削減するようなら再就職支援サービスをつけてほしい」とお願いしたのです。私の働きかけの影響かどうかは定かではありませんが、A社はリクルートキャリアコンサルティングの再就職支援サービスを付与してくれました。そして私は、長年勤めたA社の早期退職制度に応募しました。

再就職活動〜鋳物との再会〜

再就職活動

以前の転職時とは市況も変わり、あたりまえですが、自分も年齢を重ねています。生活のリズムも乱れてしまい、不安な気持ちが募っていきました。
キャリアカウンセラーは、そんな自分の気持ちを受け止めつつ、私の強みや大切にしたいことを引き出してくれました。何度かキャリアカウンセラーと話をしているうちに、「モノ作りに関わる仕事をする想いが一番強い」ことに、改めて気づくことができました。

キャリアカウンセラーからは「納得のいく再就職をしましょう」と面談のたびに言われていたように思います。
しかし、おいそれと納得いく結果にはたどり着けません。希望求人に応募しても、「不採用」の結果を重ねるばかりで、そのうち「決まればどこでもいい」といった捨て鉢な気持ちになっていたようです。たまたま自分で見つけて応募した「大手生保会社」から内定連絡をいただいたこともあり、安堵してキャリアカウンセラーに連絡しました。するとキャリアカウンセラーからは、「その会社では、吉田さんのやりたい事が実現できるのですか?」と、言葉をかけられました。思わず言葉に詰まる私に提案してくれたのが、鋳物メーカーの(株)会津工場の求人でした。

「鋳物」とは久しぶりの再会になります。事業の話を聞いただけで、心が動かされました。すぐに応募を決意し、工場見学へ。会社規模100名弱でありながら、高い技術力を持ち、また社長の想いに事業の広がりを感じ、「自分が望んでいたのはこれだ」と確信。幸い、選考は順調に進み、無事内定を得ることが出来ました。もちろん年収面等、懸念点はありましたが、キャリアカウンセラーの「一番大切なことは、妥協しないように」の言葉と「この会社で仕事がしたい」思いが勝り、入社を決意しました。

入社して〜今までの経験は、この会社に入社するためのもの〜

入社時の会津工場は、急激に事業が拡大したこともあって、社内整備が追い付いていないようでした。
品質保証部長として入社してから、工場をくまなく見学し、まずは従来の手法を理解することから始めました。やり方を理解すると、今までの経験値から提案できることが出てきます。そこで社長に、組織横断で様々な改革ができるよう「業務改善室」の設置を提案。「いいね」と賛同してくれ、翌月には組織が出来上がっている。小さな所帯ならではのそんなスピード感は、前職では決して味わうことは出来ませんでした。

今は、若いころのように毎日が楽しくて仕方がないんですよ。前職時代の部下が、転職先が合わずに体調を崩したと聞いて、声かけて入社してもらったんです。やはり彼も「ものづくり」が好きなんでしょうね。今では、製造部門の第一線でバリバリ働いています。
これまでの自分の知識や経験が生き、以前からやりたかったことに今も挑戦できることが何よりうれしい。
今となっては、「前職までの経験は、この会社に入るために必要なプロセスだったのかもしれない」と思える程、強い縁を感じています。